仮面の告白。
僕はコンプレックスがある。
口下手。
障害があるわけではないが、単純にうまくしゃべれない。
話が下手、といったほうが正しいだろうか。
嘘をついたことがない、わけではないがあまりつかない。
すぐバレてしまうのだ。
それも嘘をついている最中に。
そんな僕だが、唯一自慢できることがある。
人に嫌われたことがないのだ。
もちろん、喧嘩をしたこともあるし、疎遠になったことだってある。
でもそれはすべて一時の感情。
恒久的に、僕を嫌いという人はいない。
と、他人から言われることが多い。
自分ではいまだに理解ができていない。
ただ、理由があるとしたら、
僕がバカがつくほどの正直者で素直だからというところだろうか。
自分ではいまいちわからないが、唯一の取り柄だと思う。
就職をした。
理由は、おもしろそうだったから。
大きな目標とかない僕には特に理由などなかった。
なんとなく選考うまくいったし、気に入られたし。
簡単な理由である。
しかし僕は早々に社会の闇に当たる。
話のうまい奴ばかり上にいる。
そして上がっていく。
学生のときは確かにそうだった。
スクールカーストという言葉がある。
いわゆるイケてる奴らはモテるし、カーストの上位にいる。
僕はどちらかというと、いや確実にイケてない部類の人間だった。
でもそれは学生だから。
会社ではそんなものは通用しない。
実力のあるものだけが、上にいく。
それが社会だ。
だから社会は厳しい。
そう思っていた。
なのになんだこれは。
なにも変わらないじゃないか。
だが僕だってもう学生じゃない。
れっきとした社会人だ。
伊達に就活をやってきたわけではない。
何か武器があるはずだ。
気付いた。
いや。
もっと前からわかっていた。
自分には武器がない。
むしろ人より劣っていることのほうが多い。
今まで夢中になれるものはなかった。
努力をしたことがなかった。
なぜか?
自分の無力さを痛感するのが怖かったのだ。
どんなに努力したって、勝てるわけがない。
武器がない。
武器なんて見つからない。
学生のときはそれでもよかった。
確かに嫌な思いをすることはあった。
しかしここは会社。
無能は淘汰される。
武器がない。
せめて生きる道を探さなければいけない。
見出した道。
数字。
数字の前では全員が平等になる。
どんなに詭弁を並べても、数字がすべて。
数字だけが導いてくれる。
僕はそう考えるようになった。
必死に学んだ。
努力した。
本当に寝る間を惜しんで勉強した。
夢中になった。
それが唯一の武器であった。
だけど気付いてしまった。
どんなに数字に強くても、
どんなに使いこなしても、
正確な分析ができても、
表現できなければ意味がない。
壁。
やっとの思いで見出した道に、すべてを飲み込むように立ちはだかる。
自分が一番苦手なこと。
今までは逃げてきた。
でも今度は違う。
曲がりなりにも自分で見出した道。
突き進まなければいけない。
突き進みたい。
僕は周り道をすることにした。
自分には数字がついている。
それは誰にも負けない。
道とは。
上っ面だけ固めてる奴ら。
表現だけで上がってる奴ら。
そんな奴への反発から見出した最初の道。
目には目を。
自分にはないものを取り入れる。
気は進まないが仕方ない。
ならば気を捨てろ。
感情を消せ。
演じればよいのだ。
いつしか自分はコンピューターのような人間になっていた。
もはや人間ではなかったのかもしれない。
感情などいらない。
徹頭徹尾コンピューターになろう。
アップデートすればよいのだ。
たとえ、そこに自分がいなくても。
そして僕は地位も、名誉も、技術も手に入れた。
時間こそかかってきたものの、誰も成し遂げなかった偉業を成し遂げた。
表彰もされた。
同期全員ごぼう抜きにした。
頑張ってよかった。
初めてそう思った。
今まで夢中になれるものなどなかった。
そんな僕が、初めて夢中になっておまけに結果を出すことができた。
喜びを感じた。
自分の歩んできた道は正しかったのだ、と。
同時に怪物が自分の中に生まれたのを感じた。
僕は鼻が高く、目が大きい。
昨今の塩顔ブームに逆行するような、はっきりとした顔立ちである。
それでいて、感情が表に出ない。
目が笑わない。
子供の頃からいつも言われていた。
自分ではあまりわからない。
非常に苦労をした。
仕事柄、笑顔がつくれないというのは致命的である。
第一印象だけはあまり良くない、のはこれが理由かもしれない。
その怪物の姿はどこか僕に似ている。
鼻が高く、目が大きい。
はっきりした顔立ちをしている。
ただ一つ違うとしたら、その顔は感情をさらけ出した赤い顔をしている。
ある一つの感情に支配された顔。
怒り。
その怒りがだれに向けられたものかはわからない。
無力な自分に対してなのか、
うわべだけを繕う周囲の人間に対してなのか。
そのときはわからなかった。
この怪物に近いものを感じた理由。
怒りに満ちている理由。
何に対する怒りなのか。
僕にはわからなかった。
そして僕は功績を認められ、さらに大きなプロジェクトに携わることになった。
今度は専門家、としてでなくチームリーダーとして。
リーダーとしての経験。
僕にはなかった。
僕は専門家になりたかった。
何度も言うが、僕は表現が苦手だ。
リーダーとは。
象徴。
イコン。
それが僕の考えるリーダー。
そして僕はそのリーダーを、リーダーたらしめる専門家。
軍師。
参謀。
自分の考えたことを、リーダーが表現する。
リーダーが表現に専念するため、自分が考える。
それが僕が見出した道の着地点であった。
自分の得意なことを伸ばす。
専門家として独自の地位を確立した。
でも本当は、逃げていたのだ。
だから自分が生き抜く道を探してきた。
専門家。
自分の得意なことを伸ばす。
その道を極めるしかなかった。
でも逃げていた。
自分がやりたくないこと、苦手なことから。
会社の危機なんてものは存在しない。
ただ僕が煽っていただけだ。
そして僕はチームリーダーとなった。
不安はあったが、さほどではなかった。
実際にリーダーになったことはない。
でも近いことをやっていた。
表現をすることもあった。
リーダーにもなれる専門家。
僕はずいぶんと自信をもっていた。
しかしどうだろう。
うまくいかない。
というより、なんだか身が入らない。
目標を達成したから?
そうだ。
きっとそうだ。
歪んでいたとしても、初めて自分で見出した道だ。
ずいぶん時間はかかったが、満足をした。
納得?
妥協?
わからない。
わからないフリをしよう。
本当はわかっている。
だが、わかったから何になる?
無駄。
考えるだけ無駄だ。
では新しい目標を考えよう。
目標とは。
リーダーになる?
自分のリーダー像を実現する?
リーダーとして新たに実績をつくる?
何もなかった。
燃え尽きていたのだ。
そして感じた。
潮時かもしれない。
もうこの会社ではやりつくしたのだろう。
新しい場で挑戦をしよう。
僕はそう思うようになった。
新しい場とは?
挑戦とは?
そんなものはない。
逃げた。
もう何度目かわからない。
逃げた?
それは悪いことなのか?
今まではなんとか切り抜けてきた。
でも今回は違う。
気づかれてしまう。
いや、すでに気付かれている。
ねじ曲がった表現が通用しないのだ。
おかしい。
なぜだ。
実力なんて伴ってなくていいんだろ?
話が上手ければ、表現できれば、それで上にいけるんだろう?
それが社会だ!
だから僕は身に着けたんだ!
目には目を!
歯には歯を!
毒を持って毒を制す!
それが僕のやり方だ!
社会のやり方だ!
そしてここのやり方なんだろ!
間違っているはずがない!
そして僕は会社をやめた。
理由?
もちろんあるさ。
自分の目標を達成した。
新しいところで自分を試したい。
嘘。
真っ赤な嘘。
うまくいかないのは身が入らないからなんかじゃない。
実力なんてなかった。
わかっていた。
怖かった。
気づかれることが。
既に気づかれていたのかもしれない。
逃げた。
怖かった。
塗り固めた仮面がはがれ、本当の自分が現れることが。
そして僕は会社をやめた。
次の仕事は決まっていなかった。
でも心配はなかった。
僕は成長した。
武器となった数字。
裏打ちされた結果。
誰が見てもわかる。
数字の前で人は平等となる。
迎えた最終面接。
緊張はしていた。
でも自信があった。
自分には数字がついてる。
表現だって手に入れた。
仮初の表現?
わかるわけがない。
それだけが心のよりどころであった。
結果は、不合格。
なぜ?
実績は出している。
ビジョンも固まっている。
吸収する能力もある。
表現だってうまくできたはずだ!
なぜだ!!!
「謙虚さ、素直さに欠けている。」
僕は気付いた。
怪物は自分自身であったのだ。
そして、すでにはっきりとした、その姿をあらわしていることに。
そして怪物の表す感情が僕を支配していた。
怒り?
いや違う。
今ならハッキリとわかる。
奢り。
仮初めの自信。
いつしか自分の能力と思っていた。
思うしかなかった。
ではなぜ赤い色をしているのだろう。
それも塗り固めた赤。
何回も重ねたムラのある、決して綺麗とは言えない。
赤。
自分を隠すためにひたすら塗り重ねた。
嘘。
真っ赤な嘘。
嘘で塗り固めて身につけた自信。
そして奢った。
もう嘘だろうが真実だろうが関係ない。
自分には実力がある。
そう思っていたのだ。
そういうことか。
奢っていたのか。
わかっていた。
嘘?
もちろんついたさ。
バレない嘘をついた。
嘘で固めたさ!
それがなんだ!
結果を出したじゃないか!
感情を殺して、やりたくないことだって進んでやった!
嫌いな奴とも仲良くしてきた!
でもそれは本当の僕じゃない!
演じていた!
生き残るために!
勝つために!
仕方なくやった!
そうしなければ僕は淘汰されていた!
自分を出したら勝てるわけがない!
生き残れない!
もう無能はいやなんだ!
自分を守る術がそれしかなかったんだ!
鏡を見た。
僕の顔は赤く染まっていた。
きっと夏の暑さのせいだろう。
嘘じゃないさ。
僕は嘘なんかつけない。
だって僕は、バカがつくほどの正直者で素直さだけが唯一の取り柄なのだから。